6 (動揺したのは お互い様で)
その昔、異性同士が一堂に会して学んだり修養を行うのは、
そんな意図なぞ無かろうと思わぬ事態を招きかねずで善ろしくないとし。
彼自身が比丘尼らへ口説をする折にも、
奇特な神通力でもってその身を女性へと“変化(へんげ)”させて
説法にあたった仏陀だとされており。☆
「わあ、可愛いなぁvv」
それはそれはすべらかで瑞々しい白皙の肌にいや映える、
目の詰んだ絹を思わせるつややかな深藍色の髪に、
気高き額には、白毫ではなくビンディが記され。
やや丸みを帯びたことで
潤みも強まった感のある瑠璃色の双眸が、
ぽてりと甘い印象の柔らかそうな口許と相俟って、
何の意識もしていなかろに、嫋やかな色香が清かに匂い立つ。
肩も背も腕も、ほっそりと一回りほど縮んでいたし、
腰もくびれていて、ジーパンが今にも落ちそうで危なげななか。
最も変わった見栄えが胸元で、
女性用の下着を着けているでなしな筈が、
だってのに それは豊かな膨らみを、
Tシャツの生地の下にしかと見せての、
それは魅惑的な肢体なこと、紛れる事なく現しておいで。
特別も特別、秘された神通力による転変であり、
どれほど懇願されようと、それこそ女性が相手でもない限り、
本来、そうそう晒すものではないというに。
つい絆されて…という動機から、
どれほどぶりとなるやらな印を結んでの“変化”を試みたブッダだったが、
『わあ、可愛いなぁvv』
所望した張本人でもあるイエスからの、感に堪えたようなお声を浴びると、
途端に居たたまれなさが増したらしく。
「〜〜〜〜。///////」
頬からうなじからあっと言う間に真っ赤になっての
その場へすとんと座り込んでしまったほど。
わざわざ“禁忌”とまでされちゃあいないが、
それでも性を塗り替える術など意味なく披露していいものでなし。
そういう道理が重々判っていたにも関わらず、
屈託のないおねだりを“つい”なぞという軽々しさで聞いてしまった、
そんな迂闊さへの後悔の念が、
今になって ずんと大きく、彼の意識の中で膨らんだせい。
なんて軽はずみなことをとか、
見世物でしかない見せようをするとは何事だろかとか、
そういった四角い理屈による羞恥も涌いたが、
それ以上に居たたまれなんだのが、
―― もしかして、対抗心がなかったか?ということへだ。
それは豪奢な美しさをたたえた、凄艶な美女に転変して現れた、
天の国の大天使長だったのへ、
胸がぎゅうと痛むほど驚かされた直後だっただけに。
本人がもはや居ないのに“見返す”というのも妙な話ながら、
その艶姿をやはり目にしたイエスへ こちらは見せないで済ますのは、
ある意味“敵前逃亡”になるのではないかと
…かすかにでも感じなかっただろうか。
そんな卑しい想いを僅かにでも抱いてしまったことが恥ずかしいと、
しでかしてから思い知っている愚かさよ。
“わたしは馬鹿だ。//////”
こんな愚かなことをして、
いくら有給中であれ羽目はずしにもほどがあると。
そうまで強烈な自戒自嘲もあったればこそ、
『頑張ってもらったけど、うん、
やっぱり私はいつものブッダがいいなぁ。』
急に座り込んだことを、ひどく消耗したと思われ、
そうまで大層な法力なのかと誤解したらしく。
だからこそ“ごめんね”と謝られたその上ではあったれど、
そんなあっさりとした言いようを、
しかも“えへへ”と微笑って紡いだ、
何ともお呑気そうなイエスだったことへ、
「…………………。」
もうもう、誰が見たいと言ったんだと
恨めしそうな上目遣いとなったブッダだったのは
言うまでもなくて。
「……………判った。」
そんな言い分に悪気がないのも判ってた。
それでも何だか、釈然としない気分だったのは否めない。
自分が悪いと引き取ってもなお、
胸が波立つほどの苦々しさに、顔を上げられないままで。
それでも集中力を集めると、今度は静かに術を解く。
すると、
「やあ、よかったぁ。//////」
「???」
頭の上からそんな言いようがし、
はい?と理解しかねているブッダを、
有無をも言わさず ぎゅうと抱き込める腕がある。
「ちょ…イエス?」
座り込んでいる同士だけに、お互いの膝がぶつかるものの、
それを押してもというせっかちな仕儀。
やや腰を浮かせ、横合いから強引に…という力技にての それは性急に。
大きく広げた双腕の中へ、
男へと戻ったブッダの肩を背を抱き、
よかったぁとしみじみ言い出す彼であり。
「何なんだよ、君は。」
意味が判らぬと困惑するばかりのブッダに構わず、
男ならではな しっかとした抱き心地を、
力いっぱいの遺憾なく、ぎゅうと堪能してから、
「だって、チョー不思議だったんだもの。」
「? いい年して“ちょー”は辞めなさいね。」
律義にも注意は忘れないまま、
さりとてまだイエスの言い分が飲み込めないままのブッダなのへ、
「だーかーらー。」
ますますのこと聖人らしからぬ、
駄々こね調のトーンで言い返したイエス曰く、
「ブッダに間違いないのにブッダじゃなかったからさ。
あんな ちゃんとした、凄っごい美人のお嬢さんが現れるんだもの。
びっくりしたに決まってるじゃないか。」
「どうせ大した器量じゃなかっただろうに。」
「何言ってるの。さては鏡で確かめてないんだな?」
「知ってるよ、そのくらい。」
話が咬み合ってないなと、口にしながら気がついた。
「わたしに間違いない風貌だったなら、
美人であろうはずがないじゃないか。」
いい加減にしないと…と語気が荒くなりかけたその出端を、
ふっと温みが離れたうっすらとした喪失感がやすやすと遮る。
イエスが密着していた身を離しただけだのに、
はっとして顔を上げたブッダだったのは…
―― 果たして どちらが傷ついたと感じたからだったものか。
ああ、馬鹿なことの上塗りだ。
美人がどうのこうのと、私ったら何を下らぬことを言い張っているのかな。
再び肌がじんわりと汗をおび、
畳み掛けるよな羞恥に唇が震え出しそうになったものの、
「何でそんなことを言うの。」
意外にもイエスもまた、何故だか激高しかかっている。
この分からず屋め、いい加減にしろよという語勢であり、
「あんな、綺麗で清楚で
うっかり触ったらそこからもげそうなくらい儚さそうな、
そのくせ大人の女性らしさもいっぱいの、
素晴らしいお嬢さんになってしまったくせにっ。」
どこの小学生ですかという拙い言いようなのは、
あんまり不埒な語句を知らない身なのだからしょうがない。
そんな言いようの割に、
意外にも大きいなと実感した手で
こちらの二の腕や肩を掴み絞めてという真摯な懸命さは、
何か途轍もない大切な真理への説法を思わせたほどで。
「それに…それに、」
気迫負けして唖然としているブッダだということにも気づかぬか、
まだ言い足りないという気配を見せての、続いた文言はといや。
「わたしがどれほど人見知りするかも知ってるくせに。/////////」
「……………………………はい?」
ますますもって意味不明なことを言うのへ、
これへはさすがに、目元を眇めると小首を傾げかかったブッダだったものの、
“…………あ。”
そんなイミフな言い分へ、
だのに、ふわりと合致した…とある情景があったのを思い出す。
それは麗しかったミス・ミカエルの、
瑞々しく潤んでいた口元へとかかっていた髪を手づから払ってやったのは誰?
ではねと微笑んで立ち去る彼女へ、
そちらも大人っぽくも余裕で微笑い返して 手を振っていたのは誰?
「ブッダなのにブッダじゃなかったんだもん。
あのままで戻らなかったらどうしよって思ったじゃないの。」
愛子ちゃんや松田さんは微妙ながら女性な部分を意識する対象ではないだろし、
それは迫力美人の静子さんは 愛子ちゃんのママで人妻だから、やはり論外。
町中ですれ違うだけ、コンビニで隣り合うくらいなら、
こっち見てひそひそ言ってるぞというの、伺えるくらい何とか平気。
女子高生に注目されたぞと、
余裕で“モテ紀”なんて言いようまでするイエスなくせに、
「イケメンだからってゆう範疇以上の美人になるなんて、
思ってもみなかったんだものっ。」
そっちこそ。
彫の深いせっかくのイケメンフェイスを、
うるうるした眸や激情に震えつつある口元やらで台なしにしつつ。
叱るのは おいたをしたばかりの今でしょとばかり、
一生懸命に言い聞かせんとするイエス様であり。
その痛々しいほどの真剣さにあって、
やっとのこと、何を言いたい彼なのかが悟れたブッダ様。
「…………えと、ごめん。」
あれほど取り乱しかけたのもどこへやら、
それに勝る混乱と哀切のお友達を前にしては、
彼の側から“すいません”と言うしか なかったようでございます。
◇◇◇
つまりは、想定外の級で麗しくも魅力的なお嬢さんが現れたことへ、
そりゃあもうもう 舞い上がってしまっていたらしいイエスであり。
その場へしゃがみ込んだのへハッとして、
肩を支えつつ“無理させてごめんね”と囁いたところまでは何とか正気だったが、
間近になった女性ブッダの、
凄まじいまでの蠱惑に気圧(けお)されてしまったそうで。
「でも、君って…それこそ男女の区別もなく説法して回ってたんだろに。」
だから慣れがあるとまでは言わないが、
ああまで取り乱すのは異様じゃあないかと、
神の子を圧倒するほど恐れさせた張本人様が呆れたように言い返せば、
「だから。
さっきのブッダほど 魔性満ちあふれてた人なんていなかったの。」
隠し立てするよなことなぞ もうありませんと、
一気に懴悔したそのまま萎えちゃった身を、
ブッダの柔らかな肩へと凭れさせ。
つまりは“ぎゅう”の体勢再びという格好で、
安堵の余りか、ドえらいことまで言い出すイエスだったりし。
“おいおい、釈迦如来を掴まえてマーラ扱いですか。”
先程までの上機嫌が一転、
今度は きゅうんと萎れた尻尾が見えそうなほどに、
怖かったようと…脅かした本人へしがみついてるイエスなのへ。
さすがのブッダも、ああまでひどく動揺したのが馬鹿馬鹿しくなったほど。
人を馬鹿にするなという怒りより、
おいおいしっかりしなよという呆れが勝さっていたし、
『頑張ってもらったけど、うん、
やっぱり私はいつものブッダがいいなぁ。』
けろりとしたお言いようだったあの一言も、
残念だけど…とかいう婉曲なそれじゃあなくの、
何のひねりもない、本心からの切望だったんだなぁと、
今になって切々と思い知らされたようなもの。
『ブッダっていい匂いがする。』
衒いなく抱きついて来たり、背中へ懐いてみたりというスキンシップに、
それが誰へでも向けられるものと思い込んでいたけれど、
“…という訳でも無かったってことか。///////”
今頃恥ずかしくなったか、
拗ねたようになって顔を上げないところもまた、
子供じみててかわいらしいなぁと感じてのこと。
ちょっと蒸し暑いんだけど まま仕方がないかと、
苦笑をこぼしつつもその痩躯を受け止めてやっておれば。
「…あれ?」
間近になったとあるものへの変化に気がつく。
何かへの注視を思わせる声だったのへはさすがに気がつたらしいイエスが、
「? どうしたの、ブッダ。」
少しばかり身を浮かせ、
どっちがどっちを振り回しているのやらなお相手の、
ふくよかなお顔を見やったところが。
「いや、わたしがじゃなくて。」
深色の眸が じいとこちらを見やっておいで。
いやいや微妙に目線は上であり、
んん?と小首を傾げた所作へと合わせて、
ふわりと香ったのが、
「…え? この香りって?」
ぎゅうしていた手が緩んだのでと身を延ばし、
部屋の一角、ブッダの尊像ことJr.の足元に寄せられてあった雑貨の中から、
折り畳み式の鏡を引っ張り出したブッダが、
手元でパタリと開いてそれをイエスへ見せたれば。
「………ありゃ。」
額をぐるりと取り巻くように装備されている茨の冠。
彼を守護する大天使たちが奇跡の力もて作ったもので、
GPSが装備されていたり、
セコム、もとえ破壊天使を速攻で呼べたりしつつも、
どうやら生木であるらしく。
水で濡れたら若葉が茂り、
彼自身が高揚したなら
それは見事なばらの花が咲き乱れる奇跡が起きる…のだが。
だったら…少しは持ち直した証しか、
小さいのが控えめながら咲いているのが覗けて。
「ほ〜ら、もう拗ねるのはおよしなさい、イエスよ。」
何をどう隠し立てしても無駄なこと。
あなたの深層心理がこうまで現れているじゃあないですかと、
それはそれは穏やかなお顔で言い諭すブッダ様なのへ、
「う〜ん?」
だというのに、何でだか。
怪訝そうなお顔になってる神の和子様。
いつもだったらキメ顔を写すの、まずは忘れぬ鏡だというに。
どれほど覚えのない現象なものか、
耳の後ろという見えにくい位置の小さめのバラを、
矯めつ眇めつ 眺め回すばかりであり。
そちらへの集中へ気が逸れたのをいいことに、
ひょいと膝立て、立ち上がったブッダ様であり。
「さ、遅くなりましたがご飯にしましょうね。」
ご飯は仕掛けてあるのがそろそろ炊き上がる。
昨夜の田楽の味噌が余っているので、
おむすびにしたのへ塗って炙ってもいいかな。
お味噌汁はハクサイと油揚げで、
あとはナスとパプリカをオイスターソースで炒めて…と、
朝ご飯の献立をザッと浚う方へ、既に意識が切り替わっておいで。
ああもうご飯トランスに入っちゃったかと、
こうなると構ってもらえないのは重々承知のイエス様。
うう〜んと再び唸りつつ、冠の小花を見つめやる。
“おかしいなぁ。赤いばらしか咲かないはずなのになぁ。”
それは可憐な白いばらが咲いたのは、
後にも先にも、ああまだ先のことは判らないけれど、
こんなことはお初じゃないのかなぁと
尚も怪訝そうに小首を傾げたおしていたのであった。
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*ウチのイエス様、
包容力があるとか余裕たっぷりとかいう“大人”では
全然ないらしいです、やっぱり。
単なる天然なだけなので、そこのところ、よろしくです。(こらー)
*進展させると言ってましたが、
せっかくのブッダ様の女体化ネタ、
これだけで“ちゃんちゃん”は勿体ないので、
もちょっといじってみました。
焦らしてしまってすみませんvv
☆この記述だと、
仏陀が女嫌いだったのではないか区別や差別をしていたのではないかという
誤解を招きかねないと気がつきました。お詫びと訂正をいたします。
その昔のインドではカースト制度もそれは厳しくて
女性の地位などそれはそれは低かったのですが、
そんなことではいけないと光を当てたのが仏陀だそうです。
ただ、では女性も仏になれるのか入門できるのかという点では
長くしぶっておられたそうで。
異性が同じ集まりで学ぶのはよろしくないと、主張し続けておいであったけれど、
弟子たちからのの説得もあって 女性の入門ものちには許可なさったとのこと。
そのくだりと、
仏陀はそれは様々にその神通力で奇跡を起こされたそうで、
女性になられたこともあるという説とを合体させてしまったようです。
誤解なされた方がいらしたなら、本当に申し訳ありませんでした。

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